大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(行ク)62号 決定

申立人(選定当事者) 渡辺剛敏

右訴訟代理人弁護士 小林弥之助

被申立人 東京都大田区長 橋爪儀八郎

右指定代理人 関哲夫

〈ほか三名〉

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

本件申立ての要旨は、申立人ら(申立人及び選定者をいう。以下同じ。)は、いずれも、東京都大田区田園調布に居住する者であるが、田園調布においては、さきに住居表示が実施されて一丁目が一丁目と二丁目に、二丁目が三丁目と四丁目に、三丁目が五丁目に、四丁目が六丁目と七丁目に変更されたにもかかわらず、それより僅か一〇年を経たにすぎない昭和四五年七月二八日、被申立人は、変更に係る一丁目を田園調布南に、二丁目を田園調布本町に、三丁目を一丁目に、四丁目を二丁目に、五丁目を三丁目に、六丁目を四丁目に、七丁目を五丁目にさらに変更する旨決定し、実施期日を同年九月一日と指定して申立人らに通知してきたが、右決定は、何らの合理的な理由に基づかず、住民大多数の反対を押し切り、また、さきになされた再度の改正、変更は行わない旨の区議会の決議を無視してなされたものであるから、明らかに、裁量権の範囲を逸脱した違法のものであり、申立人らは、これによって、日常生活や経済取引において異常な混迷を招き、回復し難い損害を蒙ることが明らかであるので、右決定の効力の停止を求める、というのである。

おもうに、町名は、当該区域住民の日常生活に密着し、それが多年にわたって使用された場合には、住民の愛着、伝統が生まれ、時にはその由来等によってそれ自体由緒ある名称となり将来に対する地域文化の指標たる機能をも果たすものであるところから、市町村長又は特別区の区長がこれを変更するには、公共の福祉増進のため真に合理的な必要性があるかどうかという見地から、慎重な配慮によってこれを決定すべきはもとよりその実施にあたっても、できるだけ従来の名称に準拠するとともに、住民の理解と協力のもとにその意思を十分反映させるように努めなければならないことは、いうまでもない。

しかし、申立人主張のごとく、住居表示の変更決定が、仮りに、右の要請ないし基準を無視し、これを規整する地方自治法二六〇条および住居表示に関する法律の規定に違反してなされたとしても、かかる決定は、もともと特定の又は不特定多数の住民に対してその権利義務を形成、変更することを目的として行なわれるものではなく、これによって住民が日常生活や経済取引に混乱をきたして不便・不利益を蒙り、町名の由緒、伝統と文化が破壊されることがあるとしても、所詮、それは感情的ないしは精神的な損失の域を出ないものであり、また、建物表示の変更登記、運転免許記載の書替え等に要する費用のごときも、変更に基づく直接かつ具体的な損害とはいい難いのみならず、そもそも、町名を変更するかどうか、また、いかなる町名を選定するかは、優れて政治的課題に属する事柄であって、裁判所が法律の適用によって終局的に解決しうべきものではないから、住民は、行政権内部の行政的措置に訴えてその不満、不利益に対する治癒、救済を図るよりほかはないものというべく住居表示に関する法律五条の二所定の異議の制度も、まさに、右の趣旨のもとに設けられたものと解するのが相当である。

されば、本件申立ては、法律上の争訟でない事項についての執行停止を求めるものであるから、これを認容するに由なきものと認めてこれを却下することとし、申立費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 園部逸夫 渡辺昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例